我流的人生告白

退屈な人生を送らないために、私生活及び思考を記録します。

何でも否定的なニュースになる日本社会はどげんかせんといかん

日本では情報化社会が進み、ありとあらゆる人がインターネット上で情報を発信する。中には、ニュースにならないよいな日常のシーンさえもニュースとして扱われ記事がでる。

書く側の視点を考えると、それが仕事であり、記事をどれだけ書いたか、が問われる。そして、その記事の中身に関しては、数人の監督者から吟味されたものであれば、それがまともなことが多いが、そうでない場合も多いだろう。

ここで言いたいことは、否定的な記事がほぼ毎日大量に溢れ、このような記事を目にすることで嫌な気持ちになる。なんとなく沈む。

そして、声を大にして言いたい。
「もう、辞めてくれ」

ここでの提案は、インターネットでの情報発信は、ライセンス制にして、特に法律や倫理を問う試験を設け合格者だけに情報発信の権利を与え、また、違反のようなものがあった場合には、ライセンスが没収されるという制度をつくってはどうか。

ブログの好きな私にとってはライセンス制は厄介で自分を不利にする提案だ。しかし、そうあるべきかもしれない。

不徳な情報により、社会、そして、人間性の徳が崩れ始めているような感覚を感じる。これは、自分だけの感情なのであろうか。。

さて、日本社会を善くするためには日本人全員の協力作業が必要だ。

二億四千万の瞳で将来を見据え、みんなが住みやすい、明るく楽しい社会を実現していこうではないか。

以下のような記事があった。

女性教諭が児童に暴言「 脳みそ使え」

私は以下のように解釈した。

女性教諭が児童に具体的アドバイス「脳みそ使って考えなさい」

この記事は私の先に述べた、日常の出来事を否定的なニュースにしたもののように思った。

しかし、もしかすると記事の書き手は、すべての教諭に対して言葉を選んで発言して欲しいという趣旨の警笛を鳴らすという善いアプローチをしたのかもしれない。

そうすると、私の感覚(捉え方)が否定的なだけで、記事自体は問題なしとなる。

…よく分からなくなってきた。
結論が見えない。

取り敢えず、

えーと

記事の書き手は自分の専門分野や関心のある領域は何か公表し、記事を書いた意図は何なのかも付け足しで記載していただけると、どう記事を読んだら良いか理解がしやすく読者は嬉しい。

と、まとめる。
以上