我流的人生告白

退屈な人生を送らないために、私生活及び思考を記録します。

妹のはなし

妹は私と年が3つ離れている。
3兄妹の末っ子である。上二人が男なので女性らしい性格をしているという訳ではない。

小さい頃は兄妹3人でよくバカなことをして笑って遊んでいた。両親が家を購入してからは、近くにゲームセンターがあり、そこでよくメダルゲーム遊びをした。

私が中学校に入ると、私は部活があり、また、学校の友達と遊ぶことが多くなり、塾にも通っていた為、妹と遊ぶ機会は減り、しゃべる回数も減った。

私が中学を卒業すると入れ替わりで妹は同じ中学に進学した。部活は私の影響が多少あったのか私と同じ陸上部に入った。

妹は活発で足が速かった。たぶん陸上部に入って最初の頃は短距離をやっていたと思うが、中学時代の後半の方ではなぜか砲丸投げ競技をやっていた。自分から進んで砲丸投げを選択する訳はないので、恐らく顧問の先生に勧められたのだと思う。妹はややふくよかだった。

中学時代は成績が良く、私よりもテストの点数が良かった。そして私と同じ高校に進学を決め、私の卒業後に入れ替わりで入学した。

妹が高校生の時、私は大学生であったのだが、ある時母親から私宛に電話が有り、それは妹が学校を休みがちになっているというもので、私から妹が学校に行くように説得してくれというものだった。

母親からの電話を切った後、妹に電話をしてみた。すると休みがちになっていることは事実であり、その理由は担任等先生から嫌な扱いを受けているというものだった。

詳しく聞いてみると、先生たちはどうやら私を引き合いに出し、お兄ちゃんは優秀だった。そして、あなたも頑張りなさいと口々に言うらしく、それが嫌だったようだ。

兄である私が成績優秀で部活でも(他薦で仕方なしに)主将を務め、個人種目で南九州大会進出を果たし、そして4つの学年の女子からアプローチがある男前というような伝説的な高校生であった為、妹にかかるプレッシャーは相当なものであったのだろうと思われます。

私は
「担任の先生あのひとだよな~。う~ん。あの人とほとんど関わりなかったけど、そんなこと言ってるんや。。まぁ、気にすることないだろ~。」
というような感じのことを言って励ました。

それから、父親が車で妹を毎朝学校に送り届けるという努力もあって、妹は学校に通い続け、無事卒業し、大学へと進んだ。高校入学時点では確実に私よりも成績は良かったのだが、高校卒業時点では私よりも成績は良くなかったようだった。

妹は大学卒業後、就職先がなかなか決まらず、1年の就職浪人期間を経て、とある会社へ就職した。

就職してからLINEのプロフィール欄に、

「頑張れ自分」
「言い訳をするな」

といった自己啓発の言葉が年に3度くらいのペースで入れ替わり表示される。悪戦苦闘しながらも、頑張って仕事を続けているようだ。

私は影ながら応援したい。

ちなみに、妹は学生時代、奨学金を借りており、私の学生時代は祖父母の援助が有った為、私は奨学金を借りてなかったので、妹だけ奨学金を返済しなければらなず、これは不平等なので、私は夏と冬のボーナスで10万円ずつ妹に返済の手伝いをしている。
この話を友人(仕事は不動産関係)に自慢したら、
友人「オレは妹がピアノ留学でおフランスに行く援助で100万渡したぞ。」
と一蹴されました。。。

なにはともあれ、頑張れ妹ちゃん!

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